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2026.3.10



ナシム ベグムさん(42歳)
住 所 : カパシア郡トラパラ村
家族構成 : 夫(農業)こども3人
私の名前はナシマ・ベグムと申します。今年で42歳になります。私には農業を営んでいる主人と3人のこどもがいます。私はカパシアにあるダルダリアという村に生まれました。父親は日雇いう労働者でした。その収入は家族を養っていくには充分ではなく、兄弟姉妹は3人いましたが誰一人として学校に通うことはありませんでした。日々経済的に貧しい生活をしており、ただ生きていくだけで精一杯でした。そして15歳の時、私は今の夫と結婚することになりました。
私には3人のこどもがいます。幸い夫の収入でくらしていけており、こども達も家計をやりくりし、学校に通わせることができています。しかし私は文字を読んだり書いたりすることができませんでした。家族の中で私だけが書けないのです。学校の書類にサインをする時も、私は拇印を押していました。こども達や他の保護者の方に見られることがとても恥ずかしく、辛い思いをしていました。そのことを夫に打ち明けると、夫は国際エンゼル協会が文字を教えてくれていることを調べてきてくれました。夫もこども達も私に文字を習うことを勧めてくれました。
今、私はとても幸せです。文字が読める、書ける、このことが人生にとってこれほどまでに価値があるものだったなんて。今までの悩みはすべて消え、明るい日々を送ることができているのは、全て皆様の識字教室で文字を学ぶことができているからです。ありがとうございます。皆様に心より感謝もうしあげます。
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皆様こんにちは。私はトゥシャール・ミアと申します。今はバングラデシュのダッカにある銀行で、事務職員として働いています。私の父は日雇いの労働者でした。主に農業に従事していましたが、天気や季節によって左右さえるため収入は不安定でした。母は専業主婦でしたので、父の稼ぎだけで一家が生活しており、こどもじだいはとても貧しい生活をしていました。私の教育の費用を捻出するために大変な苦労を掛けていました。
私は中学2年生の時、皆様からの奨学金をいただく機会を得ることができました。そこから大学を卒業するまで、長い間皆様から支えていただきました。この支援がなければ、私はきっと高校に行くことすらできなかったでしょう。
そして皆様には、経済的支援だけでなく、私の心までも支えていただきました。奨学金をいただく際のバリ氏のスピーチでは、心優しい皆様のことを知ることができました。私の今があるのは、すべて皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。
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トゥシャール・ミア(OneBank PLC EPZ支店シニアオフィサー)
奨学生の便り〜卒業後の報告
皆様こんにちは、私はカパシア郡出身のラキブル・ハサンと申します。私の家はカパシアの中でも一番端の田舎にあるサルアキテ村になります。カパシアの田舎には農業しか仕事がありません。土地を持っている人は良いのですが私の父は土地を持っておらず、やとわれの小作人として少ない給料の中で家族を支えてくれていました。しかし父の収入では母と3人のこどもを養い、学校に通わせることは困難でした。私達家族はいつも困窮した日々を過ごしていました。
私が中学2年生の頃、我が家の困窮を知っていた学校の先生が国際エンゼル協会の奨学金があることを知らせてくれました。幸いにも私は皆様からの奨学金をいただくことができるようになり、おかげで大学院まで卒業することができました。
現在、私は財務省国税庁の税務監査官として働いています。2006年私が中学2年生の時から大学院卒業までの長い期間、私を支えて下さった国際エンゼル協会の皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
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途上国の子ども達を学校へ行かせてあげたい
国の発展のためには人間の成長が最も重要なことです。将来その国を良くするのはその国の若者であり、優れた人材育成には教育しかないと、本協会では一貫して子ども達の教育に力を入れています。
バングラデシュなどの発展途上国には、経済的な事情から学校に通うことができない子ども達がたくさんいます。限りない可能性を秘めたその子ども達に「就学の機会と将来の希望」を持って欲しい。そんな想いから1989年にスタートした奨学金制度がDCEFです。
DCEFとは?
本協会が行っている教育里親制度(DCEF)は、特定の子どもに対して1対1の関係で個人的に援助しようというものではなく、奨学金制度などを通して、教育里親全員でより多くの子ども達に援助の手を差し伸べていこうとするものです。
『DCEF』 …Developing Country Educational Fund
DCEF制度の内容
向学心を持ちながらも、貧困ゆえに学校へ通うことのできない多くの子ども達に教育を受けるチャンスを提供しようとこの制度は始まりました。(奨学生数1,550名/2024年度)
奨学金は授業料や教科書、参考書、学用品代などの費用として使われています。また、SSC(中学卒業資格試験)・HSC(高校卒業資格試験)の受験料の一部も支給しています。
その他、老朽化した学校校舎の再建支援で1986年から2022年までの間に、皆様からの支援も含めて70校の校舎などが建設されました。
DCEFの奨学金は、エンゼルホーム※1の子ども達の教育費と識字教室※2の運営にも使われています。
※1エンゼルホーム(児童養護施設)…親のいない子どもや、経済的に困窮している家庭の子ども達を共同生活の中で養育し、教育の機会を与えながら将来有為な人材に育てることを目的に運営しています。
※2識字教室…教育を受ける機会を奪われてきた農村女性を対象に、文字の読み書きや生活に必要な基礎知識の学習を行っています。
DCEFのその他の支援について
バングラデシュ以外の国では、フィリピン、スリランカ、過去にはシエラレオネ、タイ、カンボジアへ奨学金や学校建設等の支援を行ってきました。
フィリピンでは、現地に住む日系人の子女やフィリピン人の学生に奨学金を渡しました。(2024年度は48名の子ども達に奨学金を支援)
教育の成果はすぐには見えませんが、奨学金の援助を受けている子ども達が、エンゼルホームの子ども達が、研修生達がそれぞれ社会に巣立ち立派に活躍してくれることを、その姿を見せてくれることを願ってこの活動を続けて行きたいと思います。
会員になれば…
■ 活動内容や情報を掲載してある機関誌「ANGEL NEWS」をお送りします。(年4回発行)
■ スタディツアーや各種イベントをお知らせします。
DCEF会員(教育里親) 月額 1口 2,000円
※ 送金方法は現金書留又は郵便振替でお送り下さい。
郵便自動払込方法も受け付けています。
皆様こんにちは、私はカパシア郡出身のラキブル・ハサンと申します。私の家はカパシアの中でも一番端の田舎にあるサルアキテ村になります。カパシアの田舎には農業しか仕事がありません。土地を持っている人は良いのですが私の父は土地を持っておらず、やとわれの小作人として少ない給料の中で家族を支えてくれていました。しかし父の収入では母と3人のこどもを養い、学校に通わせることは困難でした。私達家族はいつも困窮した日々を過ごしていました。
私が中学2年生の頃、我が家の困窮を知っていた学校の先生が国際エンゼル協会の奨学金があることを知らせてくれました。幸いにも私は皆様からの奨学金をいただくことができるようになり、おかげで大学院まで卒業することができました。
現在、私は財務省国税庁の税務監査官として働いています。2006年私が中学2年生の時から大学院卒業までの長い期間、私を支えて下さった国際エンゼル協会の皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
ラミザ・カトゥンさん (32才)
住所:カパシア郡パンチュア村
家族構成:夫(海外へ出稼ぎ中)こども3人
皆様、こんにちは。私の名前はラミザ・カトゥンと申します。私の夫は現在サウジアラビアで出稼ぎに行っており、今は2人の娘と1人の息子との4人で生活しています。
私は今住んでいる村から3つ離れた小さな農村で産まれ、育ちました。父親は日雇い労働者で家はいつも貧しくて経済帝に困窮していました。6人兄弟姉妹の私達は学校に通うことはできず、毎日家の手伝いや外で働いて家計を助けていました。私は自分の親に対して決して悪く思ってはいません。しかしこどもの頃に学校に通うことができていれば、もっと世界が広がっていたいたのでは、と思います。
今私の主人は国を出て海外で働いています。サウジアラビアでの出稼ぎ労働は過酷な仕事です。給料も安く、休みは少なく、また暑い中での肉体労働は体力的にとても辛いと聞いています。それでも私達家族のために、懸命に働いてくれています。そうした主人の様子を聞き、こども達には自国で活躍できるようしっかりと教育を受けさせてあげたいと強く願うようになりました。そして教育とは何か、こうして識字教室で学ばせていただけることで私自身も理解を深めることができました。私達家族に教育の機会と意義を授けていただき、皆様には心より感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとございました。
皆様こんにちは、私はカパシア郡出身のアシュラフル・アラムと申します。私は今、ダッカの主要銀行で主任として働いています。
皆様からは2001年から14年間、奨学金をいただいておりました。皆様のおかげで私は中学校から経済的な心配をすることなく学業に専念することができました。これは私の人生にとって非常に大きな助けであり、「自分には可能性があるんだ、夢に向かってもっと努力しよう!」と信じる力を与えてくれていました。
皆様のご厚意は私の未来を変えてくれました。教育だけでなく、将来の目標をいただきました。「遠くバングラデシュの困っている学生を支える」という皆様の献身的な姿勢は、私の心を大きく成長させてくれました。お金だけじゃない、私の人生に多大なる影響を与えて下さった全てに、心より感謝申し上げます。
今もまだ私のような経済的に困っている学生達を救ってくださっている皆様へ、その素晴らしい活動に深い敬意と感謝を捧げるとともに、皆様のご多幸とご健勝を心よりお祈り申し上げます。
ロケヤ・アクターさん(37歳)
Ms.Rokeya Akter
住所:カパシア郡ソハグプール村
家族構成:夫(食料品店)、こども2人
皆様、こんにちは。私の名前はロケヤ・アクターと申します。現在37歳です。私は15歳で今の夫と結婚しました。夫は村で食料品店を営んでおり、また息子と娘が一人ずついます。こども達はまだ学生で、学校に通っています。
私はカパシアのソハグプールという村に生れました。兄、姉が5人おり、6人兄弟姉妹の末っ子として家族7人で貧しいながらおりましたが、私が4歳の時に父が亡くなり、経済的に非常に困窮してしまいました。末っ子の私は学校に通うことができず、こども時代は毎日母の手伝いをして過ごしていました。そして周りのみんなは学校に通っている年代の15歳で結婚することになりました。決して今の生活が不幸せではありません。しかしこども達が学校に通っている姿を見ていると、私も教育を受けたいと思うようになっていました。
今、皆様のご支援のおかげで、あの時に受けることができなかった教育を受けることができています。自分の人生の中で教育を受ける機会がやってくるとは思ってもみませんでした。日々新しい学びに感動しております。最後になりましたが、皆様のご支援心より感謝申し上げます。ありがとうございます。
皆様こんにちは。私はエンゼルホームから西へ200kmほど離れたインドとの国境付近のナトール地方出身のムクル・ホセインと申します。高校生の頃から皆様からの奨学金をいただいておりました。現在はバングラデシュの製薬会社で営業の仕事をしています。
私はこどもの頃、両親と3人の兄弟姉妹と暮らしていました。父は日雇い労働の仕事をしていましたが収入は充分ではなく、家族を養いながら私達の教育費を賄うことは経済的に非常に困難な生活でした。先に進学するにつれ教育費も多くなっていき、高校進学時には学校に通い続けることが困難になっておりました。当時、国際エンゼル協会の皆様が私に支援の手を差し伸べてくださった時の感動は、今でも昨日のことのように思い出されます。奨学金のおかげで、私は高等中等教育(H.S.C.)と修士課程(M.S.C.)を終了することができました。皆様への感謝の気持ちは褪せることなく私の胸に刻み込まれています。
私達バングラデシュの奨学生は日本の国際エンゼル協会の皆様に深く感謝しております。皆様の温かいご支援がなければ、多くの学生が夢を諦めていたことでしょう。貴いご支援を下さる国際エンゼル協会の皆様の、末永いご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。